K.E.
硝子生産技術センター生産技術開発
工学部 物質応用化学科卒
2007年入社
T.N.
硝子加工部生産支援グループ・自動車ガラス設計開発
工学研究科 システム工学専攻科卒
1999年入社
T.M.
セントラル・サンゴバン株式会社営業
経済学部 経済学科卒
2004年入社
T.S.
硝子生産技術センター 設備グループ(現セントラル硝子プラントサービス 工務事業本部)
工学部 生産機械工学科卒
2006年入社
K.Y.
硝子製造部工学部 応用化学工学科卒
2006年入社
速度、進路案内などの情報や警告を、ドライバーの前方に映し出すHUD(ヘッド・アップ・ディスプレー)は、視線移動や焦点距離の調整時間を減らすことで安全性を向上させる。特にフロントガラスに投影するタイプのHUDは、より自然に情報を表示できるため、近年採用する車種が増えている。2015年、自動車硝子営業部門である「セントラル・サンゴバン」はカーメーカーより、モデルチェンジする新型車に、HUDを搭載したいという依頼を受ける。このカーメーカーにとって初めてのみならず、軽自動車で世界初となるガラス投影式HUD。当然、新型車にとって目玉となる仕様のひとつだ。開発部門であるセントラル硝子自動車加工硝子グループにとっても、初めてのチャレンジ。HUDは、海外子会社は生産しているものの国内で本格的に開発するのは初めてだった。
求められたのは、通常の数倍を超える精度
HUDの画像には、当時の世界最高レベルの表示品質が要求された。
フロントガラスは一般的に三次元的に曲がっており、カーメーカーはガラスの形状を曲がった面として設計する。「我々はその設計された面を目指してガラスを曲げていくのですが、この新型車向けフロントガラスは大きく湾曲した設計でした」。そう話すのは、曲げを中心とする加工全般を担当したK.E.。
さらに、HUDには「ガラス投影式」と「コンバイナー式」があるが、今回カーメーカーが採用を決めたのは前者。安全性やドライバーの疲労軽減などで有利な反面、ガラスに高い曲げ精度が必要となる。また、「一般的に、メーカーが示した設計形状に対して許容できる曲げの精度というのがあります。しかし、この車種に使われるガラスのHUD投影付近は、通常の数倍の精度が求められました(K.E.)」。この精度を、加工の難しい形状で実現しなければならなかったのだ。
高くなっていく世界最高レベル。
こうした顧客からの要求を検討する段階で、実物をつくって検証していては、時間やコストがかかりすぎる。そのため、現在、開発の現場ではシミュレーションソフトが必須となっている。カーメーカーから提示される3D・CADデータから、実現可能かを検証するのだ。これを担当したのが、大学でシステムを専攻していたT.N.。そして、T.N.の行ったシミュレーションでも、実現は難しいという結果が導かれた。
さらに、世界最高レベルの要求が、プロジェクトを進行する中でどんどん高くなっていく。軽自動車初ということで案件発生当初からカーメーカーの思い入れは強かったが、初めてのチャレンジということもあり試行錯誤が続き、技術要求はたびたび見直された。「変更された要求を実現するため、技術レベルも段違いに上がる。そんなことの連続でした(K.E.)」。「何度も『もうダメだ』と思いましたね(T.N.)」。プロジェクトチームのメンバーは、週一回集まり会議を重ねた。「毎回、3、4時間ぐらいでしょうか」。営業担当として交渉の窓口に立ったT.M.は当時を振り返る。
答えがない課題に、職種、年次は関係ない。
世界初であればこそ、世の中に正解は転がっていない。誰も答えを知らないから、K.E.やT.N.だけでなく研究所の研究員も、そして営業であるT.M.も、それぞれが知見や経験に基づき、会議でフラットに意見やアイデアを出し合った。「T.M.は議論の筋道が通っているかを客観的に判断、整理してくれました。そういうのも、すごく大事なんです(K.E.)」。話し合いの場で、上司が「こうしろ」ということはなかったとT.N.は言う。むしろ、それぞれが意見を持ち寄り、年次に関係なく意見を戦わせることを上司は厭わない。それが、セントラル硝子の社風なのだ。
他の仕事をしながらも、頭の片隅にこの案件がちらつく。そんな状態が続いたが、メンバーは一つひとつ課題をクリアしていく。深く曲げる形状と高精度を両立させるため、加工に高い技術が求められるプレス工法を採用。通常のフロントガラスでは、ディスプレイ表示が二重に見える二重像の現象には、断面がくさび形の中間膜を使用することで解消――。
何とかしてやろうというのが「設備屋」。
こうして、厳しい技術要求に応える試作品が完成、量産化の目途が立った。案件開始から2年近くが経っていた。
だが、これで終わりではない。今度は世界最高レベルの技術要求を、量産現場でクリアせねばならなかった。例えば、量産するには、くさび形の中間膜を製造設備に自動的に組み込む必要があった。そのため、膜が現場に運ばれる形状や大きさを考慮し、設備に組み込むにはどう作業すべきかを割り出せねばならなかった。
「他にも課題は山積みでしたが、それを何とかしてやろうというのが『設備屋』です」。そう話すのはT.S.。大学で学んだ機械工学の知識や設計のノウハウをベースに、人の配置や作業配置も考えていく。方法に迷ったときは、K.E.らの部門と、持てるアイデアを出し合い議論した。「そうして、考えたものが設備や仕組みとしてできあがっていくのを見ると、設計とは別のやりがいを感じます。そして、生産目標をクリアするなど目に見える数字が出ると、生産に寄与できたという達成感を味わえます(T.S.)」。
「どの高級車より、うちのHUDの方が高品質」
また、世界最高レベルの条件下、試作段階での製造歩留は40%台だった。つまり、期待される生産量に対して、実際に得られた製品生産量が半分以下ということ。何とか向上させねばならないが、ラインではHUD用ガラスのみをつくっているのではない。「ライン全体の生産性を極力下げずに、厳しい要求に応えていく必要がありました」。そう話すのはラインを管理するK.Y.。K.Y.は、他のガラスをつくっている課に、K.E.たち加工硝子グループやT.S.設備グループの要望を伝える。そして、綿密な打ち合わせを重ねながら、生産計画を調整していった。また、K.Y.自身も、極力ロスが増えないように細心の注意を払いながらラインの調整を繰り返した。そうした地道な努力の結果、HUDはK.Y.の想定を上回る高い生産性を実現する。
2018年、軽自動車世界初となるガラス投影式HUD搭載の新車種が発売となった。東京モーターショーにも出展、顧客から「どの高級車よりもうちの方が高品質」とメールが届く。「他メーカーのHUD画像も大量に添付されていて、非常に誇らしく感じました(T.N.)」。カーメーカーからは「2018年度技術開発賞」を授与される。「画期的且つ高度な新技術のご提案で商品力向上に大きく貢献した」ことが受賞理由だ。業界に与えたインパクトも大きく、セントラル硝子には、カーメーカーから問い合わせが相次いだ。
数々の壁を突破し、世界初を実現した原動力。
メンバーたちは、このプロジェクトで何を感じたのだろう。日ごろから、人脈は個人の知識や能力より大事と考えている、というK.E.。「今回、多くの人と関わりながら開発を進めていったため、人脈を広げることができました」。T.N.は言う。「松阪工場は各部門が隣接していて、協力が得られやすい環境にあることを実感できました」。「プロジェクトメンバーと、ときには夜まで会議を重ねました。その結果の技術対応力を評価されたのだと思います(T.M.)」。「各課の協力があって成し得たプロジェクト。部署の垣根を超え全体感を意識しながら向き合った結果、最善の方法を導き出せたのでしょう(T.S.)」。「いろいろな部署と情報を共有することの大切さを学びましたね(K.Y.)」。
軽自動車世界初、そして、世界最高水準の技術要求。多くの壁を乗り越え、プロジェクトを成功に導いた原動力は、自由闊達に意見を言い合い、年次や部門を越えて協力し合う、セントラル硝子の組織風土だったようだ。